警察官が胸や肩などに装着し、職務中の状況を映像として記録する「ウェアラブルカメラ(ボディカメラ)」について、警察庁は2027年度から全国で導入する方針を示しています。2025年から行われたモデル事業で有用性が確認されたことを受けたもので、警察活動を映像として客観的に検証できる仕組みが本格的に広がることになります。
一方で、ウェアラブルカメラは単純に「警察官が勤務中ずっと録画されるカメラ」という仕組みではありません。モデル事業の運用要領を見ると、警察官が撮影を開始・終了する仕組みや、一定の場合には撮影を一時停止する規定があります。
そのため重要なのはカメラそのものの性能だけではなく、「いつ録画を開始するのか」「どんな場合に停止できるのか」「映像を誰が管理するのか」「映像が残っていなかった場合をどう検証するのか」という運用ルールです。この記事では、2026年8月時点で公表されている警察庁資料をもとに、全国導入の背景と録画・保存の仕組みを整理します。
- 警察官のウェアラブルカメラは2027年度から全国導入する方針
- 試験運用では実際に証拠や警察活動の検証に使われた
- ウェアラブルカメラは「勤務中ずっと自動録画」ではない
- 撮影を一時停止できる場面も規定されている
- 「警察に都合の悪いときだけ故障する」と考える根拠は現時点ではない
- 撮影中であることは外から確認できる仕組みになっている
- 撮影された映像を警察官個人が自由に扱う仕組みでもない
- 地域警察のモデル事業では映像を90日間保存
- 雑踏警備では保存ルールが異なる
- ボディカメラの本当の論点は「録画されなかった場合」を検証できるか
- カメラは市民だけでなく警察官側を守る証拠にもなる
- 全国導入後の運用ルールにも注目が必要
- まとめ:重要なのは「故障するか」より録画と管理を検証できる制度か
警察官のウェアラブルカメラは2027年度から全国導入する方針
警察庁は2026年8月28日、警察活動におけるウェアラブルカメラ活用の試行結果を公表しました。報道によれば、試験運用で有効性が認められたとして、2027年度から全国で導入する方針で、約2,000台分の関連費用として約1億7,000万円を2027年度予算の概算要求に計上しています。[参照:警察庁 報道発表資料]
そもそもモデル事業は、警察官による職務執行状況を記録することで、職務が適正だったかを事後的に客観検証したり、警察官が目撃した犯罪などの証拠を保全したりする目的で始まりました。
2025年に公表された警察庁資料では、地域警察活動、交通取締活動、雑踏警備活動の3分野で試行するとされていました。地域警察では警視庁・大阪府警・福岡県警、交通では愛知県警・新潟県警・高知県警などが対象となっています。[参照:警察庁「警察活動におけるウェアラブルカメラ活用の試行について」]
試験運用では実際に証拠や警察活動の検証に使われた
モデル事業は単にカメラを装着して使用感を調べただけではありません。撮影された映像が実際の事件や職務執行の確認に利用された事例があります。
例えば地域警察活動では、トラブルの仲裁に入った警察官が男性から蹴られた公務執行妨害事件で、ウェアラブルカメラの映像が証拠として利用されました。また、薬物事件の被疑者が任意同行について強制的だったとの趣旨の主張をした際、当時の映像を確認したケースも報告されています。
交通部門では新潟・愛知・高知の3県警で半年間の試行が行われ、カメラ装着中に計2,350件の取締りが実施されました。報道によると、撮影映像を幹部などが視聴して取締りが適正だったか確認した事例も約160回ありました。
ウェアラブルカメラは「勤務中ずっと自動録画」ではない
ここは制度を理解するうえで非常に重要です。少なくともモデル事業では、警察官が勤務開始から終了まで一切操作できない状態で連続録画する仕組みではありません。
例えば交通取締りのモデル事業について警察庁が公開した運用要領では、交通指導取締りの開始時に警察官がカメラの電源を入れ、録画ボタンを押して撮影を開始すると規定されています。そして取締り終了時には録画ボタンを押して撮影を終了し、電源を切ります。[参照:警察庁 交通指導取締りにおけるウェアラブルカメラのモデル事業]
つまりカメラの機械的な故障とは別に、そもそも録画を開始する操作が必要な制度設計になっている点は押さえておく必要があります。
撮影を一時停止できる場面も規定されている
地域警察ウェアラブルカメラのモデル事業では、撮影を一時停止する場面も具体的に定められています。警察庁の通達によれば、不特定多数の人が出入りすることが想定されない居宅や事務所などで職務執行する場合、交通切符などの書類を作成する場合、そして「撮影を継続することにより職務の遂行に支障が生じると認めた場合」には撮影を一時停止することになっています。[参照:警察庁「地域警察ウェアラブルカメラモデル事業の実施について」]
一方、その理由がなくなった場合には速やかに撮影を再開することも定められています。また、撮影時には被撮影者のプライバシーを不当に侵害しないよう十分配慮することも規定されています。
こうした例外規定が必要になる理由の一つは、警察官が接触するすべての人を無条件に撮影すると、住宅内やプライバシー性の高い場面まで大量に記録されてしまうためです。「警察活動を記録する必要性」と「市民のプライバシー保護」の両方を考慮する必要があります。
「警察に都合の悪いときだけ故障する」と考える根拠は現時点ではない
ウェアラブルカメラについて、「警察側に都合の悪い場面だけ故障するのではないか」と疑問を持つ人もいるでしょう。しかし、2026年8月時点で公表されている資料から、警察側に不都合な場面で意図的に故障するような性能や仕組みが存在すると判断できる根拠はありません。
一方で、より現実的に考えるべき問題があります。それは故障そのものより「撮影開始・停止を誰が判断するのか」という運用上の問題です。カメラが正常でも、必要な場面で録画されていなければ映像による検証はできません。
そのため制度への信頼性を高めるには、「カメラが正常に動くか」という機械的信頼性だけではなく、録画義務、停止可能な条件、操作記録、映像管理、保存期間などを明確にすることが重要になります。
撮影中であることは外から確認できる仕組みになっている
地域警察のモデル事業では、ウェアラブルカメラを胸部または肩部の前方から容易に確認できる位置へ装着するとされています。
さらに、撮影中であることを示す表示と赤色ランプが隠れないよう装着することも規定されています。交通取締り用のカメラについても、撮影中を示すランプが隠れないようにし、「点滅時撮影中」などと記載したテープを貼るといった方法で、撮影していることが外から分かるようにすることが示されています。
したがってモデル事業の運用を前提にすれば、警察官本人だけが録画状態を把握する完全な秘密撮影装置という位置付けではありません。
撮影された映像を警察官個人が自由に扱う仕組みでもない
「撮影した警察官が自分に都合の悪い映像をその場で削除できるのでは」と考える人もいるかもしれません。しかし、地域警察のモデル事業では映像データの管理方法についてもルールが設けられています。
警察庁の通達では、原則として勤務交替のため警察施設へ戻った際、装着していたカメラをマルチチャージャーへ接続します。カメラ本体にはパスワードでロックされた状態で映像データが記録され、それを管理用パソコンへ出力して映像ファイルを作成する仕組みです。
またカメラや指定端末についても管理責任者等を置き、使用していないカメラを施錠設備のあるロッカーで保管するなどの管理方法が定められています。
地域警察のモデル事業では映像を90日間保存
地域警察活動のモデル事業では、管理用パソコンに作成された映像ファイルの保存期間は、ファイル作成日から起算して90日間とされています。
90日を経過すると管理用パソコンによって自動的に消去する仕組みです。ただし、事件の証拠として必要になるなど、映像を利用する必要が生じたケースについては別途取り扱われます。
保存期間を設けることには、後から警察活動を検証できるメリットがある一方、一般市民が映った大量の映像を無期限に保存しないという個人情報保護上の意味もあります。
雑踏警備では保存ルールが異なる
ウェアラブルカメラの用途によって映像の保存ルールが同一とは限りません。例えば雑踏警備のモデル事業では、映像データは撮影日から1週間後に自動消去するルールが示されています。[参照:警察庁 雑踏警備ウェアラブルカメラモデル事業]
雑踏警備用カメラは、イベント会場や駅などで雑踏の概観や人の流れを把握し、適切な警備指揮に利用することが主な目的です。そのため、警察官個人の職務執行を記録する地域警察用カメラとは利用目的が異なります。
ただし雑踏警備の映像に違法行為が映っており、犯罪の立証に必要な場合には、所定の手続きを経て必要な映像を保存できる規定があります。つまり「ボディカメラの映像はすべて同じ期間保存される」と考えないほうが正確です。
ボディカメラの本当の論点は「録画されなかった場合」を検証できるか
ウェアラブルカメラの制度を評価するとき、録画された映像の画質だけを見るのでは十分ではありません。重要なのは、本来撮影すべき状況なのに映像が存在しなかった場合、その理由を後から検証できる仕組みがあるかどうかです。
例えば「機器が故障していた」「充電が切れた」「録画開始操作を忘れた」「規定に基づいて一時停止した」というケースでは、結果だけを見るとすべて「映像がない」状態になります。しかし、それぞれ意味は大きく異なります。
制度への信頼を高めるという観点では、機器の動作状況や録画開始・停止の記録、停止理由、管理責任者による点検などを組み合わせ、「なぜその時間帯だけ映像がないのか」を後から説明できる制度設計が重要になります。
カメラは市民だけでなく警察官側を守る証拠にもなる
ウェアラブルカメラは「警察官を監視するためだけのカメラ」ではありません。警察官の適正な職務執行を客観的に証明する役割もあります。
例えば「警察官に無理やり同行させられた」という主張が出た場合、映像が残っていれば実際にどのような説明ややり取りが行われたのか確認できます。反対に警察官による不適切な言動が疑われた場合にも、映像が残っていれば検証材料になります。
さらに警察官が暴行を受けた場合には、その映像が犯罪の証拠になることもあります。実際の試行でも公務執行妨害事件の証拠として利用された事例が報告されています。
全国導入後の運用ルールにも注目が必要
2025年のモデル事業で定められたルールが、そのまま2027年度以降の全国運用で完全に同じ形になるとは限りません。モデル事業は、実際に使用することで効果だけでなく課題を把握し、本格導入時の制度設計につなげるための試行だからです。
警察庁は2026年4月に示した警察組織の構造改革に関する文書でも、モデル事業の結果を踏まえてウェアラブルカメラの具体的な活用方策を取りまとめ、都道府県警察への導入を進める方針を示していました。[参照:警察庁 将来を見据えた警察組織の構造改革に関する資料]
したがって今後確認したいのは、全国導入時の正式な撮影対象、録画開始義務、一時停止条件、保存期間、映像へのアクセス権限、削除方法、故障時の対応、録画されなかった場合の報告・検証方法などです。
まとめ:重要なのは「故障するか」より録画と管理を検証できる制度か
警察官のウェアラブルカメラは、警察活動を客観的に記録し、職務執行の適正性の確認や犯罪の証拠保全に役立てるためのものです。2025年からの試行で有用性が確認され、警察庁は2027年度から全国で導入する方針を示しています。
一方、少なくともモデル事業では24時間完全自動録画ではなく、警察官が録画を開始・終了し、一定の場合には撮影を一時停止できる運用になっています。そのため「警察に都合の悪い場面で故障する仕組み」とする根拠はありませんが、必要な場面が確実に撮影される制度になっているかという疑問自体は、ボディカメラ制度を考えるうえで重要な論点です。
信頼できるボディカメラ制度に必要なのは、カメラを配備することだけではなく、「いつ撮影すべきか」「なぜ撮影されなかったか」「誰が映像を管理したか」を事後的に検証できる仕組みです。全国導入によって透明性を高めるのであれば、機器の台数だけでなく、正式な録画・停止・保存・監査ルールがどのように整備されるのかにも注目する必要があります。

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