妊娠・出産と戦争の男女差は比較できる?女性が不利と感じる理由と「男女どちらが大変か」を整理

政治、社会問題

男女の不公平について話すとき、「女性には妊娠・出産がある一方、男性には戦争や徴兵の負担がある」という比較が持ち出されることがあります。しかし、この二つは発生頻度も本人の選択可能性も制度も大きく異なるため、単純に差し引きして「男性と女性は同じくらい大変」と結論付けることはできません。

妊娠・出産には女性の身体だけが直接負担する部分があり、これは生物学的な非対称性です。一方、戦争による負担には兵士として戦う危険だけでなく、民間人として死亡・負傷すること、避難、性暴力、医療不足、家族を失うことなどがあり、男女とも影響を受けます。

したがって重要なのは「女性と男性のどちらが総合的に不利か」を一つの出来事だけで決めることではなく、それぞれにどのような負担があり、その中に避けられる社会的不平等がどれだけ含まれているかを分けて考えることです。

妊娠・出産と戦争は同じ種類のリスクではない

妊娠・出産と戦争を比較するとき、まず違うのがリスクの性質です。妊娠・出産は人間の生殖に伴う身体的現象であり、妊娠した本人の身体に継続的な変化が起こります。一方、戦争は政治的・社会的な出来事であり、その発生や参加形態は国や時代によって大きく異なります。

例えば妊娠すると、つわり、貧血、腰痛、血圧上昇などが起こることがあり、出産では大量出血、感染症、妊娠高血圧症候群など重い合併症が起こる可能性もあります。WHOも、妊娠・出産に関連する主要な死亡原因として大量出血、感染、高血圧性疾患、分娩合併症などを挙げています。[参照:WHO]

つまり妊娠・出産の負担は、戦争が起こるかどうかとは無関係に存在します。その点で「戦争の危険と妊娠の危険は同じ」と扱うのは適切ではありません。

日本では現在、男性に一律の徴兵義務はない

日本について考える場合、「男性は戦争になれば全員徴兵される」という前提は現在の制度とは一致しません。

防衛省は、自衛官について本人の自由意思に基づく志願制度で採用していると説明しています。[参照:防衛省・自衛隊]

さらに内閣官房は、徴兵制について憲法第13条や第18条などの趣旨から許容されず、平時・有事を問わず憲法上認められないとの政府見解を示しています。[参照:内閣官房]

そのため現在の日本で、「男性として生まれれば将来ほぼ必ず戦争へ行く」という前提で男女差を比較することはできません。

一方で世界には男性だけ徴兵される国もある

ただし日本以外を見ると事情は異なります。国によっては徴兵制度があり、男性だけ、あるいは男女双方に兵役義務を課す制度があります。

男性だけを徴兵する制度では、戦闘や軍務に伴う身体的・心理的リスクが男性へ偏るため、これは男性側に存在する明確なジェンダー上の負担といえます。

したがって「男性が戦争で負担を受ける」という指摘そのものがおかしいわけではありません。問題は、それを妊娠・出産による女性の負担を打ち消す材料として使うと、別種類の問題が混同されてしまうことです。

女性も戦争では深刻な被害を受ける

戦争は兵士だけが被害を受ける出来事ではありません。現代の武力紛争では、多数の民間人が死亡・負傷し、避難生活を強いられています。

UN Womenによると、2024年には世界で少なくとも61件の国家が関係する武力紛争が記録され、約6億7600万人の女性が死者を伴う紛争地点から50km以内に暮らしていました。[参照:UN Women]

さらに紛争地域では女性や少女が性的暴力の被害を受ける危険が高まり、医療施設が破壊されれば妊婦の出産リスクも悪化します。UN Womenは、紛争下では妊娠・出産に伴う合併症によって死亡する女性も多いと報告しています。[参照:UN Women]

戦争では男性と女性で「違う種類の被害」が偏ることがある

武力紛争では男性と女性のどちらか一方だけが被害者になるわけではありません。ただし被害の種類にジェンダー差が生まれることがあります。

男性は徴兵、戦闘員としての死亡、拘束、戦闘員とみなされることによる暴力などのリスクを負いやすい場合があります。一方、女性や少女は紛争下の性暴力、人身取引、妊娠・出産医療へのアクセス悪化などにさらされることがあります。

UN Womenも、武力紛争は女性・男性・少女・少年へ異なる影響を及ぼすため、ジェンダー別に分析する必要があるとしています。[参照:UN Women]

「女性も兵士になる」という指摘も正しい

現代では女性が軍人、自衛官、警察官、国連平和維持要員などとして活動しています。したがって「戦争は男性だけの負担」と考えることも正確ではありません。

日本の自衛隊でも女性自衛官が採用されており、防衛省の募集資料には女性の採用予定数が示されている職種があります。[参照:防衛省・自衛隊]

ただし世界的には軍・安全保障分野で女性の比率はまだ低く、UN Womenによると2025年1月時点で国連の制服組平和維持要員に占める女性は約10%でした。[参照:UN Women]

妊娠は女性なら必ず経験するわけでもない

一方、「女性は全員妊娠する」という理解も正確ではありません。妊娠を希望しない人、不妊などによって妊娠しない人、子どもを持たない人生を選ぶ人もいます。

ただし、生物学的に妊娠可能な人が妊娠した場合、その身体的負担をパートナーへ半分移すことはできません。この非対称性そのものはなくせません。

社会ができるのは、妊娠・出産に伴う医療費、仕事への影響、育児負担、所得減少など、身体的負担に追加される社会的負担をできるだけ公平にすることです。

妊娠・出産では身体的負担と社会的負担を分けて考える

妊娠中に身体が変化し、出産を行うという負担は原則として妊娠した本人が引き受けます。これは生物学的な差です。

しかし、妊娠を理由に仕事を辞めざるを得ない、育児をほぼ女性だけが担う、家事負担が一方へ集中する、出産によって長期的に所得が低下するといった問題は、生物学だけで自動的に決まるものではありません。

例えばパートナーが育児休業を取り、家事や夜間育児を分担し、社会保障が所得減少を補えば、身体差そのものは残っても生活上の不公平は小さくできます。

「妊娠できること」を有利・不利だけで評価するのも難しい

妊娠・出産を望む人にとっては、子どもを産めること自体を肯定的に感じる場合もあります。一方で、望まない妊娠や健康上のリスクを大きな負担と感じる人もいます。

したがって妊娠可能性そのものを一律に「女性への罰」あるいは「女性だけの特権」と表現すると、人それぞれの経験を捉えきれません。

公平性を考えるなら、妊娠するかどうかを本人ができるだけ選択でき、妊娠した場合には安全な医療と社会的支援を受けられることが重要です。

「男性にも大変なことがある」は女性の不利益を否定しない

ジェンダーの議論で対立が起こりやすいのが、「女性の負担を話すと男性の苦労を無視したことになる」「男性の負担を話すと女性差別を否定したことになる」という考え方です。

しかし二つは両立します。例えば男性だけ徴兵される制度は男性への不公平だと批判しながら、同時に妊娠・出産に伴う女性の負担や職場での不利益についても改善を求めることができます。

公平とは、男女の苦労を競争させて同点にすることではなく、不必要に一方へ偏っている負担をそれぞれ減らしていくことだと考えると整理しやすくなります。

「どちらが不利か」を合計点で決めることはほぼ不可能

男女には非常に多くの違いがあり、それらすべてを共通の単位へ換算することはできません。

妊娠・出産、月経、更年期、性暴力、徴兵、危険職種での死亡率、平均寿命、親権、職場での昇進、育児負担など、それぞれ性差の現れ方が異なります。

例えば「出産の身体的負担を100点、徴兵の危険を100点」と数値化して男女を比較する客観的な方法はありません。そのため「結局どちらの性別が人生全体で損なのか」という問いには、科学的に一つの答えを出すことが難しいのです。

比較より「その不公平は改善できるか」を考えるほうが建設的

男女どちらが不利かという議論では、互いの苦労を列挙するだけになりやすく、問題の改善につながらないことがあります。

例えば妊娠・出産なら、安全な産科医療、育児休業、保育、妊娠差別の防止などが改善策になります。男性のみの徴兵制度が存在する国なら、徴兵制度そのものや男女平等の観点から制度を再検討することが論点になります。

「相手にも別の苦労があるから我慢するべき」とするのではなく、それぞれの不公平を別々に改善するほうが合理的です。

生物学的な差と社会制度による差を混同しない

例 主な性質 社会ができること
妊娠・出産そのもの 生物学的差 医療、安全確保、負担軽減
出産後に女性だけ仕事を辞める 社会制度・慣行の影響が大きい 育休、保育、雇用保障
男性のみの徴兵 法律・制度による差 制度変更が可能
女性兵士の存在 職業・本人の選択や制度による 性別による参入障壁を見直す
戦時の民間人被害 男女双方に発生 戦争予防・国際人道法・保護政策

このように整理すると、変えられない身体差と、人間が作った制度による不公平を同じものとして扱わずに済みます。

妊娠・出産が「日常に近いリスク」という感覚には理由がある

戦争が起きていない社会で生活している人にとって、妊娠や出産は身近な家族・友人・職場の人が実際に経験する出来事です。

そのため「将来起こるか分からない戦争と比べ、妊娠・出産のほうが現実的な問題に感じる」という感覚自体は不自然ではありません。

ただし世界全体を見ると、現在も多数の武力紛争が続いており、「戦争そのものがほとんど存在しない」とも言えません。2024年には国家が関係する武力紛争が61件と、1946年以降で最多水準になったとUN Womenは報告しています。[参照:UN Women]

日本の生活を前提にすれば事情はさらに限定される

現在の日本の日常生活を前提にするなら、妊娠・出産を経験する可能性と、本人の意思に反して徴兵され戦場へ送られる可能性を同じ確率の出来事として扱うことはできません。

日本の自衛官は志願制であり、政府は徴兵制を憲法上認められないとしています。したがって現制度の下では、一般男性が性別だけを理由として定期的に軍務を負わされる状況ではありません。[参照:防衛省][参照:内閣官房]

ただし安全保障環境や法制度は将来まで絶対に不変とは言えないため、「未来永劫ゼロ」とまで断言することも適切ではありません。

女性が不利だと感じること自体と、社会全体の結論は別

自分の身体にしか妊娠・出産の負担が生じないことを考え、「これは不公平だ」と感じることは十分理解できる感覚です。

しかしそこから「だから女性はあらゆる面で男性より不利だ」という社会全体の結論を導くには、雇用、健康、寿命、暴力被害、家族制度など非常に多くの要素を検討する必要があります。

逆に男性側の特定の不利益を示して「だから男女差別は存在しない」と結論付けることも同じように飛躍があります。個別の不公平は個別に評価することが重要です。

理不尽さを完全になくすことはできなくても、減らすことはできる

人間の身体には完全な対称性がないため、社会制度だけで妊娠・出産の身体的負担を男女50%ずつに分割することはできません。

しかし、妊婦への医療支援、パートナーによる育児分担、産休・育休、所得保障、保育サービスなどによって、その身体差が人生全体の不平等へ拡大することは防げます。

同じように男性へ偏っている危険な労働、徴兵、孤立などの問題も、それぞれ制度や文化を変えることで負担を減らせます。

まとめ:妊娠の負担と戦争の負担を相殺して男女平等を説明することはできない

妊娠・出産と戦争を比較すると、両者は発生原因も頻度も制度も違うため、「女性は妊娠する代わりに男性は戦争へ行くので公平」と単純に考えることはできません。

現在の日本では自衛官は志願制で、政府は徴兵制を憲法上認められないとの立場を示しています。その一方、妊娠した場合の身体的負担は妊娠した本人が直接負います。[参照:防衛省][参照:内閣官房]

ただし戦争も男性だけの問題ではありません。男性兵士が大きな危険を負う場合がある一方、女性兵士も存在し、民間女性も死亡、避難、性暴力、妊娠・出産医療の途絶など深刻な被害を受けます。[参照:UN Women]

また、妊娠・出産そのものに身体差があることと、育児や仕事上の負担まで女性へ集中させることも別問題です。前者には生物学的な限界がありますが、後者は社会制度や家庭内分担によって変えることができます。

したがって男女平等を考える際には、「男性と女性のどちらが人生全体でより不幸か」を競うより、女性に偏る負担と男性に偏る負担をそれぞれ具体的に見つけ、減らせるものを減らしていくという考え方が最も現実的です。

妊娠・出産に理不尽さを感じることと、男性側にも性別による不利益が存在すると認めることは矛盾しません。両方を同時に認めたうえで、避けられる不公平をできるだけ小さくしていくことが、男女平等を考えるうえで重要です。

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