阪神・淡路大震災以前にも大地震はあった?関東大震災から1995年までの主な被害地震を時系列で解説

地震

1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災は、都市を直撃した強烈な揺れと建物倒壊、火災などによって甚大な被害をもたらし、日本の防災対策にも大きな影響を与えました。そのため、戦後から1990年代前半までの日本では大きな地震があまりなかったような印象を持つことがあります。

しかし、日本の地震災害史を振り返ると、阪神・淡路大震災以前にも多数の大規模な被害地震が発生しています。1923年の関東大震災まで遡らなくても、1948年の福井地震、1983年の日本海中部地震、1993年の北海道南西沖地震など、人的・物的被害が非常に大きかった地震があります。

ここでは気象庁や内閣府の公的資料を基礎として、関東大震災から阪神・淡路大震災までに日本で発生した代表的な被害地震を時系列で整理し、「大きな地震」を何によって判断するのかについても解説します。

阪神・淡路大震災の直前にも大きな地震は発生している

阪神・淡路大震災以前の大きな地震を考える際、まず知っておきたいのが1993年7月12日の北海道南西沖地震です。気象庁によるとマグニチュード7.8で、死者202人、行方不明者28人という大きな被害が発生しました。[参照:気象庁「過去の地震津波災害」]

特に甚大な被害を受けたのが北海道の奥尻島です。この地震では津波と火災による被害が大きく、「奥尻島の地震」「奥尻島の津波」として記憶している人もいます。

つまり1995年の阪神・淡路大震災からわずか約1年半前にも、多数の死者・行方不明者を伴う大規模な地震災害が日本で起きていました。ただし北海道南西沖地震は津波被害が非常に大きかったため、都市部の建物倒壊が強く印象に残った阪神・淡路大震災とは災害の様相が異なります。

1983年の日本海中部地震も大きな津波被害を出した

さらに約10年前の1983年5月26日には、日本海中部地震が発生しています。気象庁の資料ではマグニチュード7.7、死者104人とされています。[参照:気象庁「過去の地震津波災害」]

内閣府の資料によると、死者104人のうち100人が津波によるものでした。日本海側の広い範囲に津波が到達し、日本国外にも影響が及んでいます。[参照:内閣府「日本海中部地震」]

この地震は「強い揺れによる建物倒壊」だけが地震の危険性ではないことを示す代表例でもあります。海域で大きな地震が起きた場合には、揺れそのものより津波によって人的被害が拡大することがあります。

1978年宮城県沖地震は都市型地震対策にも影響を与えた

1978年6月12日には宮城県沖地震が発生しました。仙台市を含む宮城県を中心として大きな被害が生じ、ブロック塀の倒壊による人的被害が問題となった地震として知られています。

気象庁も、この地震について「ブロック塀の倒壊により被害多数」「断水や停電等の被害」と説明しています。[参照:気象庁「気象庁が名称を定めた気象・地震・火山現象一覧」]

阪神・淡路大震災ほどの人的被害ではありませんでしたが、都市部における地震防災という意味では重要な災害です。大地震の重要性は死者数だけではなく、建築、防災、インフラなど社会制度へ与えた影響も含めて評価する必要があります。

戦後最大級の被害地震の一つが1948年の福井地震

阪神・淡路大震災以前の地震を人的被害という観点から振り返るなら、1948年6月28日の福井地震は外せません。マグニチュード7.1の内陸地震で、死者は3,769人に達しました。[参照:内閣府「1948 福井地震」]

内閣府によると、震源に近い地域では住家全壊率100%となった集落が多数あり、福井市でも全壊率が80%を超えました。住家の全壊は3万4,000棟を超え、さらに地震後の火災によって4,100棟以上が焼失しています。

この地震の強烈な揺れは、その後の日本の震度階級にも影響しました。内閣府は福井地震について、震度7(激震)が創設されるきっかけとなった地震と説明しています。阪神・淡路大震災以前にも、都市や住宅を壊滅的な状態にした内陸地震が存在したことが分かります。

関東大震災から福井地震までにも甚大な地震が続いている

1923年の関東大震災から1948年の福井地震までを見ると、大きな被害地震が何度も発生しています。気象庁の「過去の地震津波災害」には、その規模と人的被害がまとめられています。[参照:気象庁「過去の地震津波災害」]

発生年 地震 マグニチュード 主な人的被害
1923年 関東地震(関東大震災) 7.9 死者・行方不明者10万5千人余
1925年 北但馬地震 6.8 死者428人
1927年 北丹後地震 7.3 死者2,912人
1930年 北伊豆地震 7.3 死者272人
1933年 昭和三陸地震 8.1 死者・行方不明者3,064人
1943年 鳥取地震 7.2 死者1,083人
1944年 東南海地震 7.9 死者・行方不明者1,183人
1945年 三河地震 6.8 死者1,961人
1946年 南海地震 8.0 死者・行方不明者1,443人
1948年 福井地震 7.1 死者3,769人

この一覧を見ると、関東大震災だけが突出して知られているものの、その後も死者が1,000人を超える地震が何度も発生していたことが分かります。

特に1943年から1948年までの短い期間には、鳥取地震、東南海地震、三河地震、南海地震、福井地震と甚大な被害を伴う地震が相次ぎました。

なぜ「関東大震災の次が阪神・淡路大震災」のような印象を持ちやすいのか

関東大震災と阪神・淡路大震災はいずれも人口の多い都市圏に甚大な被害をもたらし、社会全体に極めて大きな衝撃を与えました。そのため日本の震災史を大まかに振り返った場合、この2つが特に強調されることがあります。

一方、1983年の日本海中部地震や1993年の北海道南西沖地震は津波による被害が中心でした。また、福井地震など戦後間もない時代の災害については、現在では実際に経験した世代が少なくなっています。

その結果、「関東大震災の後は阪神・淡路大震災まで大地震がなかった」という印象が生まれることがあります。しかし、地震災害の記録として見ると、この理解は正確ではありません。

「ヤバい地震」をマグニチュードだけで比較できない理由

地震の大きさを表す代表的な指標がマグニチュードですが、マグニチュードが大きいほど必ず人的被害が大きくなるわけではありません。震源の位置や深さ、人口密度、建物の耐震性、発生時刻、津波の有無などによって被害は大きく変わります。

例えば1948年の福井地震はマグニチュード7.1ですが、都市に近い内陸で発生し、死者3,769人という甚大な被害になりました。一方、より大きなマグニチュードの地震であっても、震源が人口密集地から遠ければ人的被害が比較的小さくなる場合があります。

そのため過去の地震を比較するときには、マグニチュード、揺れの強さ、死者・行方不明者数、建物被害、津波、社会への影響を分けて考えることが重要です。

津波を含めると阪神・淡路大震災以前にも深刻な災害が多数ある

地震によって引き起こされる津波まで含めれば、阪神・淡路大震災以前にも極めて深刻な災害があります。内閣府は、昭和三陸地震津波では約3,000人、1983年日本海中部地震では104人、1993年北海道南西沖地震では230人の死者・行方不明者が発生したとしています。[参照:内閣府「津波対策」]

1983年と1993年の二つの地震では、人的被害の大部分が津波によるものでした。特に北海道南西沖地震は阪神・淡路大震災の約1年半前であり、「阪神・淡路大震災の直前まで大きな地震災害がなかった」というわけではありません。

地震災害を歴史的に理解するときは、強震による倒壊だけでなく、津波、火災、地すべりなどの二次災害も含めて見る必要があります。

まとめ:阪神・淡路大震災以前の大地震は関東大震災まで遡る必要はない

阪神・淡路大震災以前にも、日本では数多くの大規模な被害地震が発生しています。直近では1993年の北海道南西沖地震があり、1983年には日本海中部地震、1978年には宮城県沖地震が発生しています。

さらに遡れば、1948年の福井地震では死者3,769人という甚大な被害が発生しました。戦前・終戦直後には昭和三陸地震、鳥取地震、東南海地震、三河地震、南海地震なども起きています。

したがって、「阪神・淡路大震災より前の甚大な地震=1923年の関東大震災まで遡る」というわけではありません。何をもって「大きな地震」とするかによって対象は変わりますが、死者数、津波、建物被害など、いずれの観点でも1923年から1995年の間には重大な地震災害が複数存在します。

関東大震災と阪神・淡路大震災は日本の防災史を語るうえで特に重要な災害ですが、その間が地震災害の空白期だったわけではありません。過去の災害を時系列で確認すると、日本では地域と被害の形を変えながら繰り返し大きな地震災害が発生してきたことが分かります。

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